第6章
キヨの言葉
冬のある夜、シンはキヨと二人になった。
キヨは囲炉裏の火を見ながら、静かに言った。
「シン、あなたは何のために怒っているのか、分かっているの?」
シンは答えた。
「不公平が許せない。弱い者が踏まれることが許せない。」
キヨは言った。
「本当にそうなの?自分が踏まれることが許せないんじゃなくて?」
シンは黙った。
キヨは続けた。
「どちらが悪いとは言っていない。ただ、どちらかによって、道は変わるわ。」
シンはその夜、眠れなかった。
翌朝、シンはマツのもとへ行き、キヨの言葉を伝えた。
マツは聞き終えてから言った。
「賢い女だ。」
それだけだった。
しかしシンには、それで十分だった。
キヨの問いとマツの言葉が、シンの内側で静かに育ち始めた。
その頃からシンは、キヨのことを気にするようになった。
しかしシンの気にし方は、真っ直ぐすぎた。
キヨが何かを言えば、シンは先回りして答えを出そうとした。
キヨが黙っていれば、シンは何か間違えたかと気を揉んだ。
キヨの前では、常に正しい自分でいたかった。
ある日、キヨがシンに言った。
「あなたは私の前だと、息が浅い。」
シンは黙った。
キヨは続けた。
「私の前で立派でいようとしなくていいのよ。
あなたの怒りも、迷いも、弱さも、私は見てる。
それでも、ここにいる。」
シンはその言葉に、何と返してよいか分からなかった。
自分が上に立たねばと思っていた。
守らねばと思っていた。
しかしキヨは、守られることを求めていなかった。
二人の間にある距離は、シンが自分で作っていた。