第2-3章
清めとけじめ
きよめとけじめ
人は誤る。
それは避けられぬことである。
道を外れることも、分を忘れることも、責任から逃げることも、人である以上あり得る。
しかしそこで、道は二つに分かれる。
誤りを認める者と、誤りを隠す者である。
清めとは、汚れを消すことではない。
誤りをなかったことにすることでもない。
清めとは、誤りを正面から見つめ、それを認め、けじめをつけることである。
けじめとは形である。
言葉でけじめをつける者がいる。
行いでけじめをつける者がいる。
いずれも、誠実であれば道に適う。
しかし誤りを認めず、言い訳を重ね、他に責任を押し付ける者よ。
汝の中の神は、今何を感じているか。
汚れたままの器に、自由は注がれない。
汚れたままの道具を、神は喜ばない。
清めたとき、人は新たな器となる。
けじめをつけたとき、人は次の分へと進める。
誤ることを恐れるな。
ただ、誤りから逃げることを恐れよ。
その恐れこそが、人を道に留める。