第1-3章
穢れと清め
けがれときよめ
神が宿るものがあるならば、神が去るものもある。
神が去ったあとに残るもの。
それを、穢れと呼ぶ。
穢れとは、罰ではない。
穢れとは、汚れとも違う。
穢れとは、ものごとが本来の在り方から離れた状態である。
使われなくなった道具は、やがて朽ちる。
手入れされなくなった家は、荒れる。
向き合うことをやめた関係は、淀む。
これが穢れである。
穢れは特別なことで生まれるのではない。
放っておけば、自然に溜まるものである。
それは埃のようなものだ。
生きていれば、必ず溜まる。
だから、清めがある。
清めとは、特別な儀式のことではない。
部屋を掃除する。道具を手入れする。身体を洗う。
乱れた心を静め、己を振り返る。
穢れを溜めたまま放置する者は、やがて自分でも気づかぬうちに濁る。
濁った者は、周りをも濁らせる。
だからこそ、日々の清めが要る。
大げさなことではない。
当たり前のことを、当たり前に続けるだけでよい。