第5-10章
承認を求め続ける者へ
しょうにんをもとめつづけるものへ
認められたいと思うことは、悪ではない。
それは人が共同体の中で生きる者である証拠である。
しかし承認を求め続ける者は、やがて承認の奴隷になる。
承認の奴隷とはどういう者か。
他者に褒められるために行動する者である。
他者に認められなければ、自らの価値を感じられない者である。
他者の反応によって、自らの道を変える者である。
この者たちの行動の源は、自らの内にない。
他者の目の中にある。
他者の目が消えたとき、この者たちは動けなくなる。
なぜ承認を求め続けるのか。
自らの内なる神を、まだ見つけていないからである。
自らの分を、まだ信じていないからである。
承認は、結果としてついてくるものである。
分を尽くした者が、後から認められることがある。
しかし認められるために分を尽くす者は、
分を尽くしているのではなく、承認を集めているだけである。
この道を歩む者よ。
誰も見ていない場所で、分を尽くせ。
お天道様が見ている、という言葉がある。
これは脅しではない。
誰も見ていなくとも、自らの内なる神が見ている。
その神に恥じない行いをせよ。
それが、承認から自由になる唯一の道である。