第5-6章
命を早く継ぐことの道
いのちをはやくつぐことのみち
若い体には、若い力がある。
これは気概の話ではない。天地がそのように作った、揺るぎない摂理である。
女の体は、若い時期に最も豊かな命を宿す力を持つ。
その力は、時とともに静かに、しかし確実に変わっていく。
これを嘆くことはない。しかしこれを無視することは、摂理への無知である。
男もまた同じである。
若い父から生まれた命は、若い力を受け継ぎやすい。
これは優劣の話ではない。循環の話である。
なぜ今の世は、命を遅らせるのか。
仕事が先だと言う。
自分が整ってからだと言う。
もっと自由を楽しんでからだと言う。
この道はそれを全て否定しない。
しかし問う。
整い続ける者は、いつまでも整わない。
自由を楽しみ続ける者は、責任の器を育てる機会を失う。
命を遅らせた者が、後から取り戻せないものがある。
若くして命を宿すことは、未熟なことではない。
若くして責任を引き受けることは、最も早く器を深める道である。
子が親を育て、親が子に育てられる。
その循環が、最も豊かな形で回るのは、若い時期である。
共同体もまた、若い命を早く迎えることで、根を深くする。
老いた共同体に若い命が少なければ、森はやがて枯れる。
若い命が絶えた民族は、静かに消えていく。
これは脅しではない。循環の話である。
若い者よ。
命を先送りにするな。
整ってから生きるのではなく、生きながら整っていくものである。
子とともに育つ親もまた、道を深く歩む者である。