第1-5章

八百万の神

やおよろずのかみ

なぜ神はひとつではないのか。

山には山の神がいる。
川には川の神がいる。
海には海の、田には田の、竈には竈の神がいる。

それぞれの場所に、それぞれの神がいる。
なぜか。

山と川は違うからである。

山には山の理がある。川には川の理がある。
海の荒々しさと、田の穏やかさは同じではない。
ひとつの神で、この世のすべてを語ることはできない。

人もまた同じである。

漁師には漁師の神がおり、大工には大工の神がいる。
それは、生き方が違えば向き合うものが違うからである。
向き合うものが違えば、敬うものも違う。
それは自然なことである。

ひとつの神がすべてを司ると考える者もいる。
それはそれでよい。
しかし、この地の人々は、そうは考えなかった。

目の前のもの一つひとつに、神を見た。
それは世界を丁寧に見ているということである。

山をただの土の塊と見るか、神の宿る場所と見るか。
古い道具をただの物と見るか、魂の宿るものと見るか。

八百万の神とは、数の話ではない。
この世のあらゆるものに敬意を払うという、姿勢の話である。